霊長類を用いた老人病モデルの開発と長寿科学研究基盤高度化に関する研究   

文献情報

文献番号
199800155A
報告書区分
総括
研究課題名
霊長類を用いた老人病モデルの開発と長寿科学研究基盤高度化に関する研究   
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中村紳一朗(日本獣医畜産大)
  • 小山高正(日本女子大)
  • 村山美穂(岐阜大)
  • 吉田高志(国立感染研)
  • 鳥居隆三(滋賀医科大)
  • 鈴木通弘(予防衛生協会)
  • 寺尾恵治(国立感染研)
  • 国枝哲夫(岡山大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
49,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
21世紀の超高齢化社会を迎え、高齢者の健康維持に関わる問題が厚生行政の主要な課題となってきている。このうち重要な老人病はその病因が複雑で少なくとも加齢に伴う生体機能の減退、遺伝的素因、環境因子、個体の病歴などが複雑に関連する疾病である。従ってこうした老人病の発症機序を解析したり、早期診断、安全で有効な治療法を確立するためには長寿の実験動物を用いた疾患モデルの開発が必要である。本研究班は重要な老年性疾患のうち、通常用いられる齧歯類モデルでは発現しにくい霊長類に特有な老人病についてサル類を対象として自然例、実験例で解析を進めている。すなわち高度に発達した霊長類の中枢神経系に認められる老人斑の特性、老齢個体の学習能力評価、性格に関連する遺伝子の多様性、マカカ属サル類以上に発現しているLp(a)蛋白を中心とした高脂血症や動脈硬化症、昼行性動物である霊長類の老齢個体に見られる網膜黄斑変性症、2足歩行と骨のリモデリングを特徴とする霊長類の骨粗鬆症である。これらのモデルを用いて、ヒト老人病の有効な診断、治療法の開発研究を進めることが目的である。またカニクイザルの免疫特性とマイクロサテライト法を用いたカニクイザルの遺伝子連鎖解析、老齢ザルのデータベースとエイジングファームを基礎とした研究基盤の高度化を進めることも目的としている。
研究方法
研究方法と結果=本年度の研究方法及び結果等は以下の通りである。
1)中村、吉川らは老齢カニクイザル脳を用いて老人斑の形成機序をヒトと比較しながら研究をすすめている。老人斑の主成分であるAβの分子種に関する解析を終え、家族性アルツハイマー病の主要遺伝子であるプレセニリン(PS)のサル脳での発現と老人斑との関連を解析し、C末端が老人斑と関連する事を明らかにした。また胎児脳から老齢ザルの脳までのPS-1の発現を免疫組織学的に解析し、分化、加齢に伴うPS-1のN末端、C末端の発現を生化学的に神経細胞の各分画について検索した。その結果PSは加齢に伴い発現が増加し、C末端はミクロゾーム分画に強く発現する事が明らかにされた。
2)小山らは、老齢ザルの高次神経機能を評価するシステムの開発研究を行った。一般的に行われている学習機能を評価するWGTA法では課題を遂行する特定の個体の選別あるいは課題を理解するための長期間の訓練が必要であり、老齢個体の学習能力をスクリーニングするには適していなかった。他方独自に開発した指迷路試験は試験前訓練を必要とせず、若齢個体と老齢個体の学習能力を評価できることが明らかになった。指迷路試験では現在加齢による差は見られていない。
3)村山らは性格に関連する可能性のあるドーパミンやセロトニン受容体などの脳内神経伝達物質関連遺伝子について研究を進めている。遺伝子型の行動や性格に与える影響、高齢化に伴う変化に与える影響を明らかにする目的で、霊長類の様々な種で性格遺伝子多型の存在を調査した。その結果霊長類の多数の種において多型の存在が認められ、モデル動物としての応用が期待できることを示した。
4)吉田らは若齢群や骨成長が停止し最高骨量期をすぎた雌カニクイザルについて卵巣摘出を行い、実験的骨粗鬆症モデルについて骨量に及ぼす影響と骨代謝について調べている。若齢と成熟群では特性が異なり成熟群では卵巣摘出後骨量は3ヶ月で有意に減少した。また4ヶ月以降骨形成マーカーが有意な増加を呈し、骨代謝が促進されたことを示唆した。
5)これまでマカカ属サル類以上に発現しているLp(a)蛋白を中心として、ヒトと同様分子多型があり両親の型が共発現すること、分子量と血清中の濃度は逆相関すること、発現がサイトカインやインシュリンの影響を受けることを示した。鳥居らは高コレステロール食を投与したニホンザルモデルを用いて実験的粥状動脈硬化症の発生と経過を、独自に開発したサル用血管内視鏡で観察することに成功した。
6)鈴木らは網膜黄斑部の加齢性変性症について研究を進め、老齢カニクイザルの加齢性網膜黄斑変性がヒトのそれに類似していること、また若年性遺伝性網膜黄斑変性家系があることを発見している。本年度はさらに実験的緑内障のモデル作成をすすめ、サル類での眼圧測定法の評価を行った。また1歳齢から28歳齢の個体について、眼圧がわずかに上昇していることを明らかにした。
7)寺尾、吉川らは加齢に伴いカニクイザルで末梢血中に胸腺外で分化したCD4CD8両陽性(DP)細胞が出現すること、この細胞の表現型がメモリーT細胞であることを明らかにしてきた。本年度はこのDP細胞がヘルパー活性とキラー活性の両方を有していること、90%以上がFas抗原を発現しているがリガンドによるアポトーシスの感受性は低いこと、INF-r、パーフォリン、グランザイムBのmRNA発現があることを明らかにした。
8):国枝らは老人病と関連する遺伝子を明らかにする目的で、カニクイザルの染色体連鎖地図の作成を進めておりヒト11染色体のマイクロサテライトDNA用プライマーを用いてカニクイザルのマイクロサテライトDNAタイピングを行ってきた。今年度はヒト第2、第11、第21染色体上について検討し、それぞれ31、38、9のプライマーが有効であり、18、21、6の断片で個体間多型のあることを明らかにした。
結果と考察
考察=霊長類を用いた老人病モデル研究の各領域において従来の自然発症モデルの研究を進めると同時に、新たに実験的老人病モデルを開発する試みが始まった。これまでに得られたデータを利用して実験モデルの研究が一層スピーディに推進される必要がある。またこれまで懸案であった老齢個体の学習、記憶能力の評価系の開発や行動・性格に関連する遺伝子の系統解析など新しい分野の研究を包括出来たので、今後の研究が一層有機的に推進されることが期待される。加齢個体で見られるDP細胞はチンパンジーを含めた系統解析が必要であるが、ヒトに近縁な霊長類の免疫戦略が独自の方向性を持っているとしたら生物学的に非常に興味深い。
また55頭のエイジングファームの維持と各個体のデータ解析がスタートした、病態モデルの解析には正常老化個体のデータが必要であり、エイジングファームから得られるデータにより解析基盤の充実とより広範で客観的な比較が可能になりつつある。
結論

公開日・更新日

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